ギゾ飯
ギゾ飯といっても大半の人は何のことか分からないと思います。
ギゾ飯は瀬戸内の船頭が炊く定番の船釣りの昼飯でした。
「ギゾ」の名はこの地方独特の方言です。ベラのことでありキュウセンのことです。
梅雨の明けた7月中旬ころ、この魚を釣るために船頭を雇い船釣りを楽しみます。
そして、釣れた「ギゾ」で飯を炊いてもらいます。これがギゾ飯です。
ずっと以前のやり方は、各人が米を1〜2合持ちより船頭に渡します。
それと、ナスやキュウリ、タマネギも持参して船頭に渡すのです。
昼食の材料を持ち込みます。
これで船頭が昼にギゾ飯を炊いてくれるのです。
ナスやキュウリは生け簀に漬けておき、塩もみの漬け物にします。
タマネギは、その日釣れた魚で作る汁物の具に使われます。
それに船頭が用意した生きた鯛やチヌを生け簀から出して刺身にしてくれます。
生きエビも山のように塩ゆでにしてくれました。夏のエビの味は最高です。
これらを肴に、釣りはそっちのけで宴会を始めます。
海の上の宴会が本命であったに違いありません。
そして、飲み疲れて船板に横になります。波に揺られながら、潮風にあたりながら
ひと寝入りします。至福の時であったろうと思います。
そして、真打ちのギゾ飯の登場です。白身魚で淡泊な味と鯛を思わせる
風味は絶品でした。皆で舌鼓を打ちます。少々小骨があるのがたまにきずですが。
25センチくらいのギゾをふんだんに入れたギゾ飯と一緒にホゴ汁がでます。
それと塩もみの漬け物。シンプルでありますが船の上で食べるギゾ飯達は最高でした。
家ではどうやってもこの味が出せません。米を海水で研ぐからうまいにちがいないと思い、
海水を家に持ち帰り同じようにやってみますが旨くありません。
原因は、どうもオゾンに関係しているようです。山や海はオゾンが多く空腹感を感じます。
これが、食物をよりうまく感じる要素の一つであるようです。
さらに、海の開放感と、楽しい気分で食べるのも大きな要因であると思います。
それに魚の鮮度。これら旬の味わいがすべてミックスされて最高の組み合わせが
できるのにちがいないと思います。とにかく最高の味でした。
今でもあの頃に食べたギゾ飯の味は忘れられません。
今の船頭は、白飯すら炊いてくれないありさまです。
ましてや、船頭が魚を用意したり、作ったりしてくれることも皆無となりました。
あの頃ののどかさが懐かく感じます。
当時、父親も釣りが好きでしたので
いつの頃からか、自然に私も海釣りを楽しむようになりました。
ギゾ釣りも父親に連れられて覚えました。
ギゾ針は流線型の細長い独特の針です。
他の針と比べると魚の掛かり具合は全然
違っていました。
油紙に包まれた針を取り出しテグスに巻く。実に楽しかった。
父親の持っているペンチやニッパーなど数十種類の道具類を見るのもワクワクしました。
子供心に大人に負けないくらい釣ってやろうと
密かに闘志を燃やして仕掛けを作ったのを思い出します。
ギゾは家にも持って帰りました。特に、祖母がことのほか、この魚が好きでした。
やはり、子供のころにおいしく食べたのだろうと思います。
私の食べものに対するポリシーはこの祖母から教わりました。
「無駄な殺生はしない。殺生したものはおいしく食べ尽くす」そう教わりました。
米粒一つ無駄にしませんでした。
お櫃に付いたご飯粒を水洗いで集め、スズメのエサにしていました。
採ってきた海の幸の魚介類も例外ではありません。すべて食べ尽くす。近所にも配る。
残った骨や内臓、貝殻は飼っていたニワトリや犬のエサになり、
残りは土に埋め肥料になりました。
全部利用したのです。土地は肥沃になり野菜が良く育ちました。
そんな教育を祖母から受けて育ちました。
私の釣りも無駄な殺生を慎み、食べるだけの魚を釣るよう心掛けています。
祖母の教育の賜であると感謝しています。

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